■少年サッカー番外編「両 立」 その6 「文字を書く」
突然ですが、
自分の子供がノートにどんなふうに文字を書いているか、その姿を見たことがありますか?
ひょっとしてノートを見開きじゃなく、二つ折りにしていませんか?
今の子供たちは、どうしてノートを二つ折りにしてものを書くようになったんでしょう?
ノートは、机の上に、見開きのまま置く、私は、これが当たり前のように思っていたのですが、塾という商売をやり始めて「おや?」と思ったんです。
机の上に閉じた問題集がある。その上に平気でノートを置く、当然グラグラの状態ですよね、そしてノートは見開きの状態ではなく、メモ帳のように半分にわざわざ折られている。
もちろん、縦に折るわけじゃないですよ、その状態わかりますよね?
するとノートは折られているので、さらに机と密着しなくなり、文字を書こうとするとフワフワの状態なんです。そこにものを書こうとするんです。いや、ずっとそうやってきてしまっているんですね。何の疑問も持っていない。
そんな状態で文字を書くと、どんな字になると思いますか?もう言う必要もないよね。フニャフニャの文字です。
そのフニャフニャの文字で計算したりするんですよ。自分で書いた字を読み間違えてミスをする。当然と言うば、当然です。
算数や数学は、ミスをすると明らかに答えが違ってきますので、完全に「×」になります。だから、まあ、失敗したな〜ぐらいには、本人も思っていると思います。
しかし、国語の先生に聞くと、ノートに漢字の書き取りをやらせると、やはりその調子らしく、間違いだと「×」をつけると、いや自分はこう書いたと主張するらしいんです。
ところが、読む者にはそうは読めない字なので「×」をつける。すると「×」をつけた先生は、厳しい先生ということになってしまう。
「俺流」とか「私はこういう人なの」という言葉を最近の子供はよく使います。
まだ、小学生や中学生ですよ。まだまだ何にもわかってない、青いくせして、何が「俺流」だ、何が「私はこういう人なの」だ、「ガキのくせに、ふざけんな青汁野郎」と言ってやります。
そういう「俺流」とか「私はこういう人なの」という言葉は、芸能人であれ、学者さんであれ、作家であれ、経験と努力を積み重ね、自分のやり方を確立し、周りからその実績を認められた「えら〜い人」が、ちょっとかっこよく言う言葉であるはずです。
基礎・基本のちゃんとできていない子ほど、そういうことを言う。そしてそれを黙認している誰かがいるから、こういうことになってしまったわけです。
「たかが、字の書き方ぐらいで…そんなに…」
恐らく、これを読んでくださっている皆さんには、そんなことを思う人は、「もう」いないと信じたいですね。
前にも言いました。
基本中の基本は「読み書きそろばん」です。その「読み」の次に大切な「書き」を軽んじてはいけません。
絶対に、ノートはきれいにした机の上に、ちゃんと置いて、それも見開きの状態で置かせること。そして肘をつかないで、文字は書く。
私は、今も、もちろん、そういう二つ折りノートをで文字を書いている子を発見すると、とことこと、その子のところに行き、「ちょっとまて」と無理やりノートの下にあるものをどけて、見開きにして「さあ、これでやれ」とやっています。
そして思うんです。
「俺、やっぱり、生徒に好かれるはずないよな〜」と…
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突然ですが、
自分の子供がノートにどんなふうに文字を書いているか、その姿を見たことがありますか?
ひょっとしてノートを見開きじゃなく、二つ折りにしていませんか?
今の子供たちは、どうしてノートを二つ折りにしてものを書くようになったんでしょう?
ノートは、机の上に、見開きのまま置く、私は、これが当たり前のように思っていたのですが、塾という商売をやり始めて「おや?」と思ったんです。
机の上に閉じた問題集がある。その上に平気でノートを置く、当然グラグラの状態ですよね、そしてノートは見開きの状態ではなく、メモ帳のように半分にわざわざ折られている。
もちろん、縦に折るわけじゃないですよ、その状態わかりますよね?
するとノートは折られているので、さらに机と密着しなくなり、文字を書こうとするとフワフワの状態なんです。そこにものを書こうとするんです。いや、ずっとそうやってきてしまっているんですね。何の疑問も持っていない。
そんな状態で文字を書くと、どんな字になると思いますか?もう言う必要もないよね。フニャフニャの文字です。
そのフニャフニャの文字で計算したりするんですよ。自分で書いた字を読み間違えてミスをする。当然と言うば、当然です。
算数や数学は、ミスをすると明らかに答えが違ってきますので、完全に「×」になります。だから、まあ、失敗したな〜ぐらいには、本人も思っていると思います。
しかし、国語の先生に聞くと、ノートに漢字の書き取りをやらせると、やはりその調子らしく、間違いだと「×」をつけると、いや自分はこう書いたと主張するらしいんです。
ところが、読む者にはそうは読めない字なので「×」をつける。すると「×」をつけた先生は、厳しい先生ということになってしまう。
「俺流」とか「私はこういう人なの」という言葉を最近の子供はよく使います。
まだ、小学生や中学生ですよ。まだまだ何にもわかってない、青いくせして、何が「俺流」だ、何が「私はこういう人なの」だ、「ガキのくせに、ふざけんな青汁野郎」と言ってやります。
そういう「俺流」とか「私はこういう人なの」という言葉は、芸能人であれ、学者さんであれ、作家であれ、経験と努力を積み重ね、自分のやり方を確立し、周りからその実績を認められた「えら〜い人」が、ちょっとかっこよく言う言葉であるはずです。
基礎・基本のちゃんとできていない子ほど、そういうことを言う。そしてそれを黙認している誰かがいるから、こういうことになってしまったわけです。
「たかが、字の書き方ぐらいで…そんなに…」
恐らく、これを読んでくださっている皆さんには、そんなことを思う人は、「もう」いないと信じたいですね。
前にも言いました。
基本中の基本は「読み書きそろばん」です。その「読み」の次に大切な「書き」を軽んじてはいけません。
絶対に、ノートはきれいにした机の上に、ちゃんと置いて、それも見開きの状態で置かせること。そして肘をつかないで、文字は書く。
私は、今も、もちろん、そういう二つ折りノートをで文字を書いている子を発見すると、とことこと、その子のところに行き、「ちょっとまて」と無理やりノートの下にあるものをどけて、見開きにして「さあ、これでやれ」とやっています。
そして思うんです。
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