■トマトにソース
本物の我が母校

俺が小学校4年のときだった。
小学校が合併し、違う場所に、当時としては近代的な鉄筋コンクリート3階建ての校舎ができた。俺たちはそこに通うことになった。
三つの小学校が統合され、歩いて通学できる範囲は、俺たちの元の小学校区ともう一つの学区、あと一つの学区の子供たちは、ほとんど全員バス通学だった。つまり…山奥の学校からこちらに降りてきた?という格好だった。
クラスの中に、山からきたやつで、やたら走るのが速いのがいた。山の奴らの人気者だった。「ポン」とみんな呼んでいた。
どうしてかよくわからないが、あいつらはみんな色黒で、足が細かった。そのカチッとしたふくらはぎを不思議と今もよく覚えている。なぜ…だろう?
ポンと俺が仲良くなった。
夏になって、ポンが遊びに来いと言ってくれた。山の中に行ったことがなかったので、うれしくなって、すぐにオーケーして、土曜日に家に行くことにした。まだ、4年生だから、バスに乗って、山の方へ行って家まで探すなんて、とてもできない。土曜日に学校から真っすぐ一緒のバスでポンの家に行こうということになった。
土曜日は、集団下校の日で、山の連中はみんな貸し切りバスのような状態でバスに乗り、一旦、駅に着いて、そこから乗りかえるのだった。
山の奴らが、みんな、「おい、かまたり、どこ行くんや〜お前こっちちゃうやんけ」なんて、俺をからかいに来た。親からもらったバス賃を手に、俺は、なんだか恥ずかしくなっていた。何せ、まだ小4、俺は純情だったのだ。
すると、ポンが「俺んとこへ遊びにきよるんや」と言ってくれた。すると、周りの奴らも、「俺も行くわ」、「ほな、1時半やな…」と、勝手に計画ができてしまっていた。
小学生で満杯になった小さなおんぼろバスに乗り、山へ上がっていく、曲がりくねった細い道を川沿いにぐんぐん上がる、おんぼろバスは、どんどん急になる坂にさしかかると、シフトダウンし、「ウン〜グウンン」と、必死こいて走っていた。
「滝本」という停留所で、ポンと俺、そして数人が降りた。今、考えると、この「滝本」という名前、いかに山奥かわかる。「滝のもと」という地名なのだ。
しかし、それよりまだ先の山奥に行く奴らがいたのには驚いた。ポンが言うには、この辺は山の中でも、まだ真ん中ぐらいだと言っていた。
ポンの家は停留所から5分も歩かないところにあった。例の曲がりくねった、川沿いの道、つまり、ここのメインストリートに面していた。完全な農家、いや、完璧な農家だった。
玄関ではなく、縁側からいきなり入っていくポン、俺は、一応立って待っていたら…ばあちゃんが出てきた。「よう来たなぁ〜」と婆ちゃんは言ってくれた。
俺も縁側からノコノコと上がり、ずっと奥の土間の横にある座敷で飯を食わしてもらった。土曜日に学校から直に行くということは、そういうことだ。初めていくのに、いきなり昼飯付きで行くとは、なかなか我ながら大胆だと思ったが、それはそれ…子供だから、そんな気遣いはしないわけだ。
目玉焼きが出た、それは覚えている。
そしてトマトが出た。
皿に四つ、五つ、洗っただけのトマトがごろんと乗っていた。巨大だった。丸くない。平な形、二つ、三つが合体したようなトマトだった。合体トマトは、農協に出荷できないのだそうだ。
その合体トマトは、勝手にかじって食えばいいんだと思って、一つ手にとって、ガブッとかじった。そして塩を探した。かじったところに塩をかけてトマトを食う、それが俺の流儀だった。
「何してんねん」とポン
「塩ないか?」と俺
「何すんねん?」とポン
「トマト食うねん」と俺
「塩?」とポン
「ないのけ?」と俺
「ソースあるやんけ」とポン
仰天した。トマトにソースをかけて食ったことなんかなかった。
当時、調味料は塩としょう油なのだ。そりゃ、ケチャップだって、マヨネーズだって、ソースだってあったよ、あったけどね、野菜にはマヨネーズか塩、マヨネーズはキューピーのマヨネーズなんだよ、味の素じゃない。そう決まっていたのだ。
ポンは、いきなり俺がトマトをかじったところに、ドボドボとウスターソースをかけた。トマトの中じゅうにソースが入っていく…真っ黒。その真っ黒になっていく悲しいトマトを見ていると。ポンは、自分のトマトをがぶりとかじって、そこにドボドボとソースをかけ、そのままガブりとかじった。そして、えらい、うまそうな顔をした。
おれも、負けじとガブッとかぶりついた。
「う、うまいのォ…」俺は、目が点になった。
うまかった。初めての経験だった。
俺は、巨大なソーストマトをむしゃむしゃと三つも食ってしまった。
それを見ていた、ばあちゃん「もっと持ってきたろうか、いっぱい食べや、売るほどあんねん」と言っていた。
俺は、腹一杯になって、「もうええわ」とつれなく断った。
そんなトマト事件の後、1人、2人とポンの家に、仲間たちが集まってきた。
ポンが縁の下から、木の丸い棒、この棒を尺棒というのだそうだが、その尺棒を切ってつくった、「そり」を引っ張り出した。そり?…今、夏やぞ。
見ると、ほかのやつらも、わら縄をつないだ、その「そり」をずるずると引っ張ってきた。長さは1メートルちょっとぐらい、2本の尺棒が、今のそりのスキーの板のような役目だと思う。それにただ、横に2、3本木を打ち付け、その上に板を乗っけた簡単なものだった。
一つ年の上のやつが来た。
「おれ、つくったっら〜」と、人の家の尺棒を数本勝手に引っ張り出して、ノコでゴリゴリ切って、中途半端な板を拾ってきて、がんがん打ち付け、15分ぐらいで、一丁上がり。これは俺へのプレゼントだった。それに手綱のようなものだと思ったが、縄をつけ、完成した。
わいわい言いながら、山へ向かった。山から本当の山に入るわけだ。川の向こう側に行くのに細い細い橋を渡り、向こう側に行く。そして急な山の土手をえっこら、よっこらと登りだした。
そして50メートルほど上がったところだった。
「着いた」と、一つ上の兄ちゃんが言う。
なんと、細い細い、今上がってきた山道を、これで滑るのか?
と、いきなり、兄ちゃんが先頭で出発した。「よ〜ぉ〜」とか何とか言いながら、がんがん下っていった。順番が決まっているように、次々に出発していった。上にいるのは、俺だけになったとき、下で「お〜い、来いや〜」とみんなで呼んでいた。
大体は、見てわかった。こんな感じけ〜と、滑り出したが、滑りが悪い、俺のやつだけ、途中で止まっちまった。
「もっと、後ろに重心かけるんや、そっくりかえるんや〜」と、兄ちゃんが言う
そっくり返って、もう一度やってみる。すると、つるつると動き出した。
「お〜進むやんけ」うれしくなった。
「縄引け、縄…」と、兄ちゃん
ぐっと縄を引いた。すると、そりの前がぐっと浮いた。どんどん加速していく、おもしろい、どんどん速くなっていく「ヒャッホー〜」の乗りだ。
下の到達点に無事着いて、めちゃくちゃ興奮している俺に、ポンが「これあかんの〜改造やな」なんて言う。すると、兄ちゃんが、そりを持って、川の堤防のところに行く、みんなぞろぞろ着いていく。もちろん、俺も何が始まるのかわくわくしながらついていった。
「乗れ」と兄ちゃん。この兄ちゃん、俺の名前を知らないからなのか、話に主語がない。すべて命令文…。
乗ると、みんなで土手のコンクリートの上をそりを引き始めた。よいしょ、よいしょ…。
ガリガリ、グリグリ…そりは嫌な音とともに進んでいった。俺も振り落とされないように、しっかり縄をつかんでいた。二、三十メータ進んだところで、折り返し、またガリガリ、グリグリと進んでいく。そしてもとの所に着くと、兄ちゃん、そりの裏側の点検をした。なんと、あの尺棒が3分の1ぐらい削れてしまっていた。
「こんでええのぉ」兄ちゃんが言う
再び、発射地点まで50メートル登る。そして同じ順番で滑り降りる、みんな、ギャギャー言いながら、滑り降りていく。
俺も行った。オッ滑るやんけ…どんどん加速していく爽快な気分
「ヒャッホー」調子こいていた。
ビチッという音とともに、ほほにすごい傷みが走った。横に飛び出ていた木の枝にしこたま顔をたたかれた。しかし、下まで無事到達。しこたまたたかれた俺のほっぺからチラと血が出ていた。
「いこうぜぇ〜」兄ちゃん、俺の血は完全に無視
また、登る…。何度も何度もおもしろくて、登っては下ってくる。俺も少しずつ、そっくり返るコツを覚えて、なかなかの走りになってきた。自分でそれを自覚したときのうれしさったらない。
みんなどんどんスピードを上げだした。スピードコントロールなんかできない俺は、いつも全力疾走のみ。だが、やはり何事もコントロールは必要だった。
ほんの少しの段になったところで、ジャンプらしいことをやって喜んでいたが、調子に乗って飛びすぎた。空中でそりが俺の尻から離れてしまった。そりは、ちゃんと着地したが、俺の体だけが、前に飛んでいってしまった。そのまま尻から落ちて、そのままごろごろと2回転ぐらいしてやっと止まった。痛かった…滅茶苦茶痛かった。でも、おもろかった。下から、大笑いの声が聞こえてきた。
だんだん、陽が傾いてきた。
ポンが、「そろそろバスの時間や」
そうだ、俺、帰りのバスのことなんか忘れていた。バスは待っていれば来るものだと思っていたら大間違い、通勤、通学の時間帯以外は2時間に1本しかない。
みんなで、そりをずるずる、ずるずるとひきづりながら、橋を渡って、川の反対側に行く、メインストリートについて、それぞれの家の方に、「バイバ〜イ」と言いながら、帰っていった。
俺は、ポンの家につき、どろどろになった手足を外の水道で洗わせてもらっていた。ズボンもシャツも泥だらけだった。当たり前だ、何回失敗して転がったのか覚えてないぐらい転がったんだから。
「ほななぁ」と、あいさつして、俺はバス停に向かった。すると、ポンが走ってきた。
「ばあちゃん、持ってけって」と、トマトがいっぱい入った紙袋をくれた。
「おおきに」と、そのままバス停に向かった。
バスは、あと5分ぐらいで来る。
バス停で、座り込んでいた。かなり疲れていた。山を何回登ったろう?
ザァ〜という川の流れる大きな音に、ふと振りかえると、後ろの川で魚を捕っていた。釣っているのではなくて、捕っていた、手で…。少し薄暗くなっていたが、よくよく下の川を見ると、川の中には魚がいっぱい泳いでいた。
「わぁ…いっぱいいる」目を見開いて、魚を見ていた。
何かを感じて、ハッとして、振りかえった。
すると…バスが、バス停を素通りして行った。。。。。

「え、う〜そぉ〜」
今考えれば、大声を出せばよかった、走って追いかければ、田舎のバスなんかどこでも止まってくれる。
だが、俺は、動けなかった。
ただ、下っていくバスを見ていた。何と表現すればいいんだろう…バスで30分以上かかるところに、置き去りにされた。しばらく呆然として立っていた。もらったトマトを持ったまま…。
「しゃあない、帰ろう」
歩き出した。だれもいない。車も通らない。歩くたびに水びたしのズック靴からグチョッグチョ、グチョグチョと音がなる。
道が曲がっていて先が見えないところ…あそこまで行ったら、もうすぐやな…でも、また道が続いていた。あっこまで行ったら、もうじきやな…。
だんだん暗くなってきた。外灯なんかない。車も通らない。腹が減ってきた。でも、このトマトはもらったものだから、持って帰らんと…。意外に純情。
真っ暗になった。灯りが見えた。人の家だ。足が少し軽くなった気がする。人の家の中が丸見えだ。おっさんが、テレビを見ていた。
家の灯りから遠ざかるのが怖かった。どんどん、どんどん暗くなって、また真っ暗になってしまった。
やっと家についた。
「ただいま…」
「お前、何時や思てんの、心配して電話したわ、そしたら帰った言うやんか、どこ行ってたんや」と、怒りのお袋
「バス…行ってもうたんや」
「なんでや」
「知らんがな〜」
「お前、歩いてきたんか?」
「しゃ〜ないやんけ」
「あほ…やで…」
お袋の目から涙が出ていた。
「はよ、脱ぎ、なんやそれ…どぶネズミか」
外で裸にさせられた。
「……」
「これなんや?」
「トマトくれはった」
「お礼言うとかんとあかんな…こっちきぃ」
「冷たいがな〜」
ホースで頭から水をかけられた。
「ほれ、はよ洗わんかい、そんなんで家、いれられへん」
お袋は、俺にホースを渡して、家の中に入っていった。仕方なく、自分でジャブジャブ体を洗っていた。
「ほれ、もうええわ、これ着い」
パンツとランニングを手渡した。お袋が、頭からタオルでゴリゴリに拭き回っていた。
「痛いがな〜」
「辛抱しぃ、お前が悪いんや、風邪ひく、はよはいり」
やっと家に入れてもらえた。
おやじが、ごろ寝をしながらテレビで「プロレス」を見ていた。
おやじが、こっちを向いた。
「あかん…いかれる」とっさにそう思った。
「あほ…」おやじは向こうをむいた。
「助かった…」俺はてっきり、またマッチ箱投げてきよるかと思っていた。このおやじの投げた大箱マッチをよけると、今度は灰皿が飛んでくる。それをよけたら、平手が飛んでくる。
「ほれ、食べ」お袋が飯を用意してくれた。
ごろ寝していた、おやじが突然、グッと起きた。両手をたたいて喜んでいる。馬場が勝った。
「やっぱり馬場や」とおやじは喜んでいた。
「だれ、だれ…相手だれ?」と飯を食いながら、俺
「デストロイヤーや」
「あんな…トマトな、ソースかけて食うねんて」
「あほか、お前は」お袋が言った。

俺は今でも、家族で唯一、トマトにソースをかけて食う。
だから俺だけ別の皿になっている。ソースはトマトからできている。合わないはずがないではないか。ちがうか?
感想を聞かせてもらいたい。
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俺が小学校4年のときだった。
小学校が合併し、違う場所に、当時としては近代的な鉄筋コンクリート3階建ての校舎ができた。俺たちはそこに通うことになった。
三つの小学校が統合され、歩いて通学できる範囲は、俺たちの元の小学校区ともう一つの学区、あと一つの学区の子供たちは、ほとんど全員バス通学だった。つまり…山奥の学校からこちらに降りてきた?という格好だった。
クラスの中に、山からきたやつで、やたら走るのが速いのがいた。山の奴らの人気者だった。「ポン」とみんな呼んでいた。
どうしてかよくわからないが、あいつらはみんな色黒で、足が細かった。そのカチッとしたふくらはぎを不思議と今もよく覚えている。なぜ…だろう?
ポンと俺が仲良くなった。
夏になって、ポンが遊びに来いと言ってくれた。山の中に行ったことがなかったので、うれしくなって、すぐにオーケーして、土曜日に家に行くことにした。まだ、4年生だから、バスに乗って、山の方へ行って家まで探すなんて、とてもできない。土曜日に学校から真っすぐ一緒のバスでポンの家に行こうということになった。
土曜日は、集団下校の日で、山の連中はみんな貸し切りバスのような状態でバスに乗り、一旦、駅に着いて、そこから乗りかえるのだった。
山の奴らが、みんな、「おい、かまたり、どこ行くんや〜お前こっちちゃうやんけ」なんて、俺をからかいに来た。親からもらったバス賃を手に、俺は、なんだか恥ずかしくなっていた。何せ、まだ小4、俺は純情だったのだ。
すると、ポンが「俺んとこへ遊びにきよるんや」と言ってくれた。すると、周りの奴らも、「俺も行くわ」、「ほな、1時半やな…」と、勝手に計画ができてしまっていた。
小学生で満杯になった小さなおんぼろバスに乗り、山へ上がっていく、曲がりくねった細い道を川沿いにぐんぐん上がる、おんぼろバスは、どんどん急になる坂にさしかかると、シフトダウンし、「ウン〜グウンン」と、必死こいて走っていた。
「滝本」という停留所で、ポンと俺、そして数人が降りた。今、考えると、この「滝本」という名前、いかに山奥かわかる。「滝のもと」という地名なのだ。
しかし、それよりまだ先の山奥に行く奴らがいたのには驚いた。ポンが言うには、この辺は山の中でも、まだ真ん中ぐらいだと言っていた。
ポンの家は停留所から5分も歩かないところにあった。例の曲がりくねった、川沿いの道、つまり、ここのメインストリートに面していた。完全な農家、いや、完璧な農家だった。
玄関ではなく、縁側からいきなり入っていくポン、俺は、一応立って待っていたら…ばあちゃんが出てきた。「よう来たなぁ〜」と婆ちゃんは言ってくれた。
俺も縁側からノコノコと上がり、ずっと奥の土間の横にある座敷で飯を食わしてもらった。土曜日に学校から直に行くということは、そういうことだ。初めていくのに、いきなり昼飯付きで行くとは、なかなか我ながら大胆だと思ったが、それはそれ…子供だから、そんな気遣いはしないわけだ。
目玉焼きが出た、それは覚えている。
そしてトマトが出た。
皿に四つ、五つ、洗っただけのトマトがごろんと乗っていた。巨大だった。丸くない。平な形、二つ、三つが合体したようなトマトだった。合体トマトは、農協に出荷できないのだそうだ。
その合体トマトは、勝手にかじって食えばいいんだと思って、一つ手にとって、ガブッとかじった。そして塩を探した。かじったところに塩をかけてトマトを食う、それが俺の流儀だった。

「何してんねん」とポン
「塩ないか?」と俺
「何すんねん?」とポン
「トマト食うねん」と俺
「塩?」とポン
「ないのけ?」と俺
「ソースあるやんけ」とポン
仰天した。トマトにソースをかけて食ったことなんかなかった。
当時、調味料は塩としょう油なのだ。そりゃ、ケチャップだって、マヨネーズだって、ソースだってあったよ、あったけどね、野菜にはマヨネーズか塩、マヨネーズはキューピーのマヨネーズなんだよ、味の素じゃない。そう決まっていたのだ。
ポンは、いきなり俺がトマトをかじったところに、ドボドボとウスターソースをかけた。トマトの中じゅうにソースが入っていく…真っ黒。その真っ黒になっていく悲しいトマトを見ていると。ポンは、自分のトマトをがぶりとかじって、そこにドボドボとソースをかけ、そのままガブりとかじった。そして、えらい、うまそうな顔をした。
おれも、負けじとガブッとかぶりついた。
「う、うまいのォ…」俺は、目が点になった。
うまかった。初めての経験だった。
俺は、巨大なソーストマトをむしゃむしゃと三つも食ってしまった。
それを見ていた、ばあちゃん「もっと持ってきたろうか、いっぱい食べや、売るほどあんねん」と言っていた。
俺は、腹一杯になって、「もうええわ」とつれなく断った。
そんなトマト事件の後、1人、2人とポンの家に、仲間たちが集まってきた。
ポンが縁の下から、木の丸い棒、この棒を尺棒というのだそうだが、その尺棒を切ってつくった、「そり」を引っ張り出した。そり?…今、夏やぞ。
見ると、ほかのやつらも、わら縄をつないだ、その「そり」をずるずると引っ張ってきた。長さは1メートルちょっとぐらい、2本の尺棒が、今のそりのスキーの板のような役目だと思う。それにただ、横に2、3本木を打ち付け、その上に板を乗っけた簡単なものだった。
一つ年の上のやつが来た。
「おれ、つくったっら〜」と、人の家の尺棒を数本勝手に引っ張り出して、ノコでゴリゴリ切って、中途半端な板を拾ってきて、がんがん打ち付け、15分ぐらいで、一丁上がり。これは俺へのプレゼントだった。それに手綱のようなものだと思ったが、縄をつけ、完成した。
わいわい言いながら、山へ向かった。山から本当の山に入るわけだ。川の向こう側に行くのに細い細い橋を渡り、向こう側に行く。そして急な山の土手をえっこら、よっこらと登りだした。
そして50メートルほど上がったところだった。
「着いた」と、一つ上の兄ちゃんが言う。
なんと、細い細い、今上がってきた山道を、これで滑るのか?
と、いきなり、兄ちゃんが先頭で出発した。「よ〜ぉ〜」とか何とか言いながら、がんがん下っていった。順番が決まっているように、次々に出発していった。上にいるのは、俺だけになったとき、下で「お〜い、来いや〜」とみんなで呼んでいた。
大体は、見てわかった。こんな感じけ〜と、滑り出したが、滑りが悪い、俺のやつだけ、途中で止まっちまった。
「もっと、後ろに重心かけるんや、そっくりかえるんや〜」と、兄ちゃんが言う
そっくり返って、もう一度やってみる。すると、つるつると動き出した。
「お〜進むやんけ」うれしくなった。
「縄引け、縄…」と、兄ちゃん
ぐっと縄を引いた。すると、そりの前がぐっと浮いた。どんどん加速していく、おもしろい、どんどん速くなっていく「ヒャッホー〜」の乗りだ。
下の到達点に無事着いて、めちゃくちゃ興奮している俺に、ポンが「これあかんの〜改造やな」なんて言う。すると、兄ちゃんが、そりを持って、川の堤防のところに行く、みんなぞろぞろ着いていく。もちろん、俺も何が始まるのかわくわくしながらついていった。
「乗れ」と兄ちゃん。この兄ちゃん、俺の名前を知らないからなのか、話に主語がない。すべて命令文…。
乗ると、みんなで土手のコンクリートの上をそりを引き始めた。よいしょ、よいしょ…。
ガリガリ、グリグリ…そりは嫌な音とともに進んでいった。俺も振り落とされないように、しっかり縄をつかんでいた。二、三十メータ進んだところで、折り返し、またガリガリ、グリグリと進んでいく。そしてもとの所に着くと、兄ちゃん、そりの裏側の点検をした。なんと、あの尺棒が3分の1ぐらい削れてしまっていた。
「こんでええのぉ」兄ちゃんが言う
再び、発射地点まで50メートル登る。そして同じ順番で滑り降りる、みんな、ギャギャー言いながら、滑り降りていく。
俺も行った。オッ滑るやんけ…どんどん加速していく爽快な気分
「ヒャッホー」調子こいていた。
ビチッという音とともに、ほほにすごい傷みが走った。横に飛び出ていた木の枝にしこたま顔をたたかれた。しかし、下まで無事到達。しこたまたたかれた俺のほっぺからチラと血が出ていた。
「いこうぜぇ〜」兄ちゃん、俺の血は完全に無視
また、登る…。何度も何度もおもしろくて、登っては下ってくる。俺も少しずつ、そっくり返るコツを覚えて、なかなかの走りになってきた。自分でそれを自覚したときのうれしさったらない。
みんなどんどんスピードを上げだした。スピードコントロールなんかできない俺は、いつも全力疾走のみ。だが、やはり何事もコントロールは必要だった。
ほんの少しの段になったところで、ジャンプらしいことをやって喜んでいたが、調子に乗って飛びすぎた。空中でそりが俺の尻から離れてしまった。そりは、ちゃんと着地したが、俺の体だけが、前に飛んでいってしまった。そのまま尻から落ちて、そのままごろごろと2回転ぐらいしてやっと止まった。痛かった…滅茶苦茶痛かった。でも、おもろかった。下から、大笑いの声が聞こえてきた。
だんだん、陽が傾いてきた。
ポンが、「そろそろバスの時間や」
そうだ、俺、帰りのバスのことなんか忘れていた。バスは待っていれば来るものだと思っていたら大間違い、通勤、通学の時間帯以外は2時間に1本しかない。
みんなで、そりをずるずる、ずるずるとひきづりながら、橋を渡って、川の反対側に行く、メインストリートについて、それぞれの家の方に、「バイバ〜イ」と言いながら、帰っていった。
俺は、ポンの家につき、どろどろになった手足を外の水道で洗わせてもらっていた。ズボンもシャツも泥だらけだった。当たり前だ、何回失敗して転がったのか覚えてないぐらい転がったんだから。
「ほななぁ」と、あいさつして、俺はバス停に向かった。すると、ポンが走ってきた。
「ばあちゃん、持ってけって」と、トマトがいっぱい入った紙袋をくれた。
「おおきに」と、そのままバス停に向かった。
バスは、あと5分ぐらいで来る。
バス停で、座り込んでいた。かなり疲れていた。山を何回登ったろう?
ザァ〜という川の流れる大きな音に、ふと振りかえると、後ろの川で魚を捕っていた。釣っているのではなくて、捕っていた、手で…。少し薄暗くなっていたが、よくよく下の川を見ると、川の中には魚がいっぱい泳いでいた。
「わぁ…いっぱいいる」目を見開いて、魚を見ていた。
何かを感じて、ハッとして、振りかえった。
すると…バスが、バス停を素通りして行った。。。。。

「え、う〜そぉ〜」
今考えれば、大声を出せばよかった、走って追いかければ、田舎のバスなんかどこでも止まってくれる。
だが、俺は、動けなかった。
ただ、下っていくバスを見ていた。何と表現すればいいんだろう…バスで30分以上かかるところに、置き去りにされた。しばらく呆然として立っていた。もらったトマトを持ったまま…。
「しゃあない、帰ろう」
歩き出した。だれもいない。車も通らない。歩くたびに水びたしのズック靴からグチョッグチョ、グチョグチョと音がなる。
道が曲がっていて先が見えないところ…あそこまで行ったら、もうすぐやな…でも、また道が続いていた。あっこまで行ったら、もうじきやな…。
だんだん暗くなってきた。外灯なんかない。車も通らない。腹が減ってきた。でも、このトマトはもらったものだから、持って帰らんと…。意外に純情。
真っ暗になった。灯りが見えた。人の家だ。足が少し軽くなった気がする。人の家の中が丸見えだ。おっさんが、テレビを見ていた。
家の灯りから遠ざかるのが怖かった。どんどん、どんどん暗くなって、また真っ暗になってしまった。
やっと家についた。
「ただいま…」
「お前、何時や思てんの、心配して電話したわ、そしたら帰った言うやんか、どこ行ってたんや」と、怒りのお袋
「バス…行ってもうたんや」
「なんでや」
「知らんがな〜」
「お前、歩いてきたんか?」
「しゃ〜ないやんけ」
「あほ…やで…」
お袋の目から涙が出ていた。
「はよ、脱ぎ、なんやそれ…どぶネズミか」
外で裸にさせられた。
「……」
「これなんや?」
「トマトくれはった」
「お礼言うとかんとあかんな…こっちきぃ」
「冷たいがな〜」
ホースで頭から水をかけられた。
「ほれ、はよ洗わんかい、そんなんで家、いれられへん」
お袋は、俺にホースを渡して、家の中に入っていった。仕方なく、自分でジャブジャブ体を洗っていた。
「ほれ、もうええわ、これ着い」
パンツとランニングを手渡した。お袋が、頭からタオルでゴリゴリに拭き回っていた。
「痛いがな〜」
「辛抱しぃ、お前が悪いんや、風邪ひく、はよはいり」
やっと家に入れてもらえた。
おやじが、ごろ寝をしながらテレビで「プロレス」を見ていた。
おやじが、こっちを向いた。
「あかん…いかれる」とっさにそう思った。

「あほ…」おやじは向こうをむいた。
「助かった…」俺はてっきり、またマッチ箱投げてきよるかと思っていた。このおやじの投げた大箱マッチをよけると、今度は灰皿が飛んでくる。それをよけたら、平手が飛んでくる。
「ほれ、食べ」お袋が飯を用意してくれた。
ごろ寝していた、おやじが突然、グッと起きた。両手をたたいて喜んでいる。馬場が勝った。
「やっぱり馬場や」とおやじは喜んでいた。
「だれ、だれ…相手だれ?」と飯を食いながら、俺
「デストロイヤーや」
「あんな…トマトな、ソースかけて食うねんて」
「あほか、お前は」お袋が言った。

俺は今でも、家族で唯一、トマトにソースをかけて食う。
だから俺だけ別の皿になっている。ソースはトマトからできている。合わないはずがないではないか。ちがうか?
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