■少年サッカー番外編「両 立」 「考える力の素」
やっと冬期講習が終わった!
そしていつも思うことなのだが、自分で考えようとしない子たちが、やはり今年も多かった。
マニュアル世代とでもいうべきなのか、その世代の親に育てられたのか、よくわらないが、一言でいうと「How to ハウツー(方法)」を求めすぎる嫌いがある。
特に、数学や社会の記述問題などで非常に困っている子たちは、みんな自分の頭の中に持っているマニュアルを逸脱した問題が出たとたん…あっさりと降参してしまう。
この「あっさり」が、またすごい。
ボーとしている子を見つけては
「お〜い、何やってんだよ」と言うと
「わからないもん」と、逆に半分切れている。これも最近の現象だ。
わからないのは、教えない奴が悪い、教え方が悪いと思っている。
こんな話をしてやった。
お前らも聞いたことがあるやろうけど、昔、アメリカで自分のネコが濡れているのを電子レンジに入れて乾かした女性がいたらしい。そのネコは当然、ネコ焼きになってしまった。
その女性は、怒り、電気メーカーを裁判で訴えた。そして勝ったらしいぞ。
それは電子レンジの取扱説明書に、「電子レンジにネコを入れて乾かしてはいけない」と書いてなかったからだそうだ。
「バカじゅない、その人」
「お金もらったの?」
「そんなの払うことないよ」
「アメリカってそんな国なの?」
と、ひとしきり、数学の難問からおもしろそうな話題に逃れた生徒たちは、ホッとしたのか、口々に感想を言い出した。
俺は黙ってうなづいて聞いていた。
話題も出尽くしたか、少し静かになったところで一人の女の子が言った。
「ネコは?ネコは帰ってこないよね…」とその子が言う
「そうや…死んでしまったものは戻ってこない。」と俺が言う
「かわいそう…」その子の隣の子が言った。
幾らお金が返ってきたところで、かわいいそのネコは帰ってこない。どんなに苦しかっただろうな、焼き殺されるんだぞ。それも自分の飼い主に。
やってしまったことへの補償、それはそれで必要なことなのだ。だが、自分のミスで失ってしまったものは、実は戻ってこない大切なものが多いんだよ。
何事もそうなんだ。お前たちが、勉強でわからない問題があった。それは「教える奴が悪いからだ」「教え方が悪いからだ」と思うのは、それはお前らの勝手や、でもな、それでほうっておいて、不合格になってしまってから、その先生や、その参考書の会社がお前たちを合格にしてくれるか?そんなことできるわけがないやろ。
「まず、自分で何とかしようと思え、そこからすべてが始まる」
その話はそこで終わった。彼らや彼女らにいかほど、こちらの真意が通じたかわからないが、黙って問題に取り組みだしてくれた。
まあ、今の話は「精神論」みたいなもので、「精神論」だけで何事もできるなんていうのは、戦前の日本の特攻精神と変わらない。やはり現実論として、どうすればマニュアル的思考から抜け出せるのかを考えないといけない。
受験間近の生徒たちにもそれはわかってもらいたいのだが、それよりも、今小さい子供を持っている親御さんに聞いてもらいたい。
普段生活している上で、何か子供に教えるときは、必ずそのわけを話してあげてください。 勉強の話ではありません。
例えば、子供が寝るとき、ちゃんと脱いだ服はたたんで枕元に置く、あるいはちゃんと洋服ダンスにかけておく。
ただ、そうしなさいというのではなく、もし夜中に地震や火事があったら、明かりもつかないところで裸のまま逃げなくてはいけなくなるでしょう、だから手の届くところにちゃんとたたんで老いておくのよと、たたんでおかないでぐしゃぐしゃになっていると着るのに時間がかかって、逃げ遅れてしまうからよ、そんな感じで教えてあげてほしいのです。
ひじをついて勉強する癖の子がいる。ただ「そんなだらしない格好して勉強しなの」というだけではなく、必ず肘をついた方の目が悪くなってしまうからよと、そのわけを話してあげる。
これは物事にはわけがあって、そのわけを「どうして?」「なぜ?」と探究するのが当たり前の子に育てるための一番大切なことです。
よくこんな言葉を生徒がたち言います。
「これどうして、こうなるの?」
「…決まっているからだよ」と、聞かれた子が言う
すると
「そうか」と納得してしまう…というか、あきらめてしまう。
そこで、その子の進歩と止まってしまうのです。
「物事のわけ」を話してあげる。これは口で言うのは簡単なことですが、親にとっては大変なことです。自分のバカがばれるからです。とっても、失礼な言い方かもしれませんが、それは私も人の親ですから、私も含めての話だと思ってください。
でも、努力しましよう。調べてもわからないものは仕方ないじゃないですか、それは子供も納得してくれるでしょうし、学校の先生に助けてもらうのもいいと思うんです。
でも、「それは決まってるから」とか、いい加減に煙にまくような答えは、その子の進歩をとめてしまいます。
そして「決まっているから」と納得してしまう子になってしまうのです。
考える素は「なぜ?」から始まります。
子供の好奇心が旺盛のうちに「なぜ?」を押しつぶしてはいけません。
そのためには、親も努力をしなければならないのです。
最後に
これは学校の先生の仕事ではありません。
親御さんが「学校の先生が悪いからだ」と言って何もしないのは、結局、さっきの「電子レンジのネコ」と同じように「自分で考えない娘・息子」を生む結果を生んでしまうのです。
考える素のテクニック論は、また後日
では、また
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やっと冬期講習が終わった!
そしていつも思うことなのだが、自分で考えようとしない子たちが、やはり今年も多かった。
マニュアル世代とでもいうべきなのか、その世代の親に育てられたのか、よくわらないが、一言でいうと「How to ハウツー(方法)」を求めすぎる嫌いがある。
特に、数学や社会の記述問題などで非常に困っている子たちは、みんな自分の頭の中に持っているマニュアルを逸脱した問題が出たとたん…あっさりと降参してしまう。
この「あっさり」が、またすごい。
ボーとしている子を見つけては
「お〜い、何やってんだよ」と言うと
「わからないもん」と、逆に半分切れている。これも最近の現象だ。
わからないのは、教えない奴が悪い、教え方が悪いと思っている。
こんな話をしてやった。

お前らも聞いたことがあるやろうけど、昔、アメリカで自分のネコが濡れているのを電子レンジに入れて乾かした女性がいたらしい。そのネコは当然、ネコ焼きになってしまった。
その女性は、怒り、電気メーカーを裁判で訴えた。そして勝ったらしいぞ。
それは電子レンジの取扱説明書に、「電子レンジにネコを入れて乾かしてはいけない」と書いてなかったからだそうだ。
「バカじゅない、その人」
「お金もらったの?」
「そんなの払うことないよ」
「アメリカってそんな国なの?」
と、ひとしきり、数学の難問からおもしろそうな話題に逃れた生徒たちは、ホッとしたのか、口々に感想を言い出した。
俺は黙ってうなづいて聞いていた。
話題も出尽くしたか、少し静かになったところで一人の女の子が言った。
「ネコは?ネコは帰ってこないよね…」とその子が言う
「そうや…死んでしまったものは戻ってこない。」と俺が言う
「かわいそう…」その子の隣の子が言った。
幾らお金が返ってきたところで、かわいいそのネコは帰ってこない。どんなに苦しかっただろうな、焼き殺されるんだぞ。それも自分の飼い主に。
やってしまったことへの補償、それはそれで必要なことなのだ。だが、自分のミスで失ってしまったものは、実は戻ってこない大切なものが多いんだよ。
何事もそうなんだ。お前たちが、勉強でわからない問題があった。それは「教える奴が悪いからだ」「教え方が悪いからだ」と思うのは、それはお前らの勝手や、でもな、それでほうっておいて、不合格になってしまってから、その先生や、その参考書の会社がお前たちを合格にしてくれるか?そんなことできるわけがないやろ。
「まず、自分で何とかしようと思え、そこからすべてが始まる」
その話はそこで終わった。彼らや彼女らにいかほど、こちらの真意が通じたかわからないが、黙って問題に取り組みだしてくれた。
まあ、今の話は「精神論」みたいなもので、「精神論」だけで何事もできるなんていうのは、戦前の日本の特攻精神と変わらない。やはり現実論として、どうすればマニュアル的思考から抜け出せるのかを考えないといけない。
受験間近の生徒たちにもそれはわかってもらいたいのだが、それよりも、今小さい子供を持っている親御さんに聞いてもらいたい。
普段生活している上で、何か子供に教えるときは、必ずそのわけを話してあげてください。 勉強の話ではありません。
例えば、子供が寝るとき、ちゃんと脱いだ服はたたんで枕元に置く、あるいはちゃんと洋服ダンスにかけておく。

ただ、そうしなさいというのではなく、もし夜中に地震や火事があったら、明かりもつかないところで裸のまま逃げなくてはいけなくなるでしょう、だから手の届くところにちゃんとたたんで老いておくのよと、たたんでおかないでぐしゃぐしゃになっていると着るのに時間がかかって、逃げ遅れてしまうからよ、そんな感じで教えてあげてほしいのです。
ひじをついて勉強する癖の子がいる。ただ「そんなだらしない格好して勉強しなの」というだけではなく、必ず肘をついた方の目が悪くなってしまうからよと、そのわけを話してあげる。
これは物事にはわけがあって、そのわけを「どうして?」「なぜ?」と探究するのが当たり前の子に育てるための一番大切なことです。
よくこんな言葉を生徒がたち言います。
「これどうして、こうなるの?」
「…決まっているからだよ」と、聞かれた子が言う
すると
「そうか」と納得してしまう…というか、あきらめてしまう。
そこで、その子の進歩と止まってしまうのです。
「物事のわけ」を話してあげる。これは口で言うのは簡単なことですが、親にとっては大変なことです。自分のバカがばれるからです。とっても、失礼な言い方かもしれませんが、それは私も人の親ですから、私も含めての話だと思ってください。
でも、努力しましよう。調べてもわからないものは仕方ないじゃないですか、それは子供も納得してくれるでしょうし、学校の先生に助けてもらうのもいいと思うんです。
でも、「それは決まってるから」とか、いい加減に煙にまくような答えは、その子の進歩をとめてしまいます。
そして「決まっているから」と納得してしまう子になってしまうのです。
考える素は「なぜ?」から始まります。
子供の好奇心が旺盛のうちに「なぜ?」を押しつぶしてはいけません。
そのためには、親も努力をしなければならないのです。
最後に
これは学校の先生の仕事ではありません。
親御さんが「学校の先生が悪いからだ」と言って何もしないのは、結局、さっきの「電子レンジのネコ」と同じように「自分で考えない娘・息子」を生む結果を生んでしまうのです。
考える素のテクニック論は、また後日
では、また
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