■少年サッカー番外編「俺の息子をつぶす気か!」
長男が6年生のときだった。そのときには、体の小さな長男ナオトもレギュラーに定着し、俺もレギュラーの親として、それなりにお手伝いをしていた。
ナオトは、ずっと右のバックを任されていた。素人親子で編み出した抜かれない技を身につけ、そう簡単には抜かれない。そんなバックに育ってくれていた。俺も、結構、安心して見ていられる長男のプレーが自慢だった。
そんなときだった。この地方では都会から幾つかチームを招待して、小さなトーナメントが毎年開かれる。都市と地方の交流の一環みたいなもんだ。都会の子供たちは、俺たちメンバーの親の家に分散して泊まる。つまり、ミニホームステイみたいこともやるわけだ。うちの狭い家にも2人の都会の子供が泊まりに来た。
さあ、お母さんたちは大変だ。子供だもの、言うじゃない、いろいろとね、あっちの家は、こうしてくれた、こっちの家は何もしてくれなかった。ここの家の飯はまずいの、うちは焼き肉だの…かつてそんな問題があった。
ついに、レストランにまで連れていく親まで出てきたらしい。それりゃ、お母さんにしてみれば、そうだよね、おやじに金を出させてレストランでうまいものは食えるし、評判はよくなるし、こんないいことはない。

しかし…それはいったいミニホームステイになるのだろうか、しまいには受け入れを断る家庭まで出てきてしまう。そんな反省の時期があり、いろいろ話し合った結果、全家庭、カレーライスと決定したようだ。なかなかその辺、お母さん方の中でもおもしろい話がいっぱいあったらしい。
ということで、うちでも受け入れ先の家庭何軒かと組んで、地元の公民館を借り、そこでど〜んとカレーパーティをやり、花火をして遊ばせた。そして各々の家に連れて帰り、風呂に入れて、「さあ、明日は試合だよ」とさっさと寝かせて、何とかミニホームステイは終わった。
そして次の日、試合は始まり、うちに泊まった子供たちのチームがどんどん勝ちあがり、我がチームと当たることになった。
相手は強かった。どんどん走ってくる。攻撃パターンは、完全にサイド攻撃、徹底してサイド攻撃だった。我がチームの左右のバック連中は、もう大変だ。毎回毎回、サイドラインぎりぎりにどんどん走り込んでくる。
こちらの攻撃パターンは、バックが頑張って相手を止め、そのボールを、そのまま縦パスでハーフに出す。こちらの自慢は右ハーフ、スピードがあり、その子がドリブル突破し、そのままシュートか、一旦戻して、センター攻撃と決まっていた。
ところが、それをすぐに見破られ、自慢の右ハーフ、シンジ君が相手の組織的なディフェンスに攻撃を封じられた。シュートが打てない。いつものように強引に行くが、最後は取られてしまって、万事休す。
そして相手はそのボールを、一旦センターに入れ、そこからスピードのあるサイドに振る展開をしていた。
そして、またもや右サイドにボールが出だされた。ハーフが抜かれ、バックのナオトがいち早く戻り、備えた。だれも後ろからサポートが戻ってこなかった。文字どおり1対1だ。センターバックも戻り切れていない。
相手は速かった。ナオトは足が遅い、相手がフェイクも何もなしに、一気にトップスピードでドリブル突破されるのが一番苦手だった。相手は、トップスピードのまま突進してきた。それでも、抜かれまいと、必死に並んで走り、相手を外に出そうと頑張った。
しかし、相手の方がガタイがよかった。押しても押しても、はじかれるばかり…ついにエンドラインまでもつれ込み、相手がマイナスのセンタリングを上げようとしたとき、阻止しようとスライディングで足を出したが、届かなかった。
パシッときれいに地をはうようなセンタリングを出され、味方ディフェンスが戻り切れていない、そのド真ん中をきれいに走り込まれて、豪快にゴールにたたき込まれてしまった。
そのときだった。
8年間、俺の頭から離れないあのシーンが起こった。

「ナオト、お前のせいだ。何やってるんだ!!お前が守らないからじゃないか…」とでっかい怒鳴り声が聞こえた。
監督の声だった。
これは指導じゃない、ただなじっているだけだった。そんなのは声の質ではっきりわかった。

俺は、監督をぶん殴ってやりたい衝動にかられた。
「じじい、ふざけんな、だれ1人戻ってきてないのを一人で頑張って、頑張って守ってんじゃねえかよ、どこ見てんだよ。よ〜こら。」これが俺の腹の中の言葉だった。
試合は、続いた。次の攻撃はナオトがなんとか止めた。そしていつのもように縦パスを出そうとしたとき、足が縮み上がっていた。味方にボールが届かない。そんなミスはしたことがないのに…すぐにわかった、ナオトは、さっきの一言で精神的に大きな、大きな、本当に大きな傷をつけられてしまっていた。
するとまた監督の怒鳴り声が聞こえた。

「ナオト、な〜にやってんだよ。どこ見てんだ…」
なじる声はずっと続いた。
「あの野郎、うちの子に何の恨みがあるんや、つぶす気かよ」俺は、本気で思った。
そして、ナオトはベンチに下げられた。
家に帰り、俺はナオトに言った。
「ナオト…お前、きょうは何も悪うるないんや。お前はひとりで一生懸命やったんや。敵の方が速かっただけだ。しゃあないんや。あれは監督、ちょっと機嫌が悪かったんや…なぁ」
ナオトは、「うん…」と元気なくうなづいた。
幸い、彼はそれが原因でサッカーをやめると言わなかった。そのままずっとずっとサッカーをやってくれた。
しかし、監督のあの一言は、息子は忘れているかもしれないが、俺は今になっても忘れることはできない。
「今でも、ふざけんな、あほんだら」と思っている。あのとき以来、ずっとあの監督は俺の中で「あほんだら」なのです。たった1試合の彼の言葉で…
これを読んでくれている人の中には、サッカーの監督やコーチや指導的な方も多いでしょう。よくよく考えてください。
あなたの一言で、子供がつぶれてしまうことがあるんです。
私たち親は、あなた方、指導者に子供を預けています。大切な、大切な子供です。
一生懸命やっている子供に向かって発する言葉には愛情を込めてやってください。
幾ら怒鳴られても、それが愛情がこもっている言葉なのか、そうでないのか…そんなことはすぐに見透かれてしまいます。
決して氷のような言葉でつぶしたりしないでください。
いい指導者になってください。
子供を育ててください。
お願いします。
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長男が6年生のときだった。そのときには、体の小さな長男ナオトもレギュラーに定着し、俺もレギュラーの親として、それなりにお手伝いをしていた。
ナオトは、ずっと右のバックを任されていた。素人親子で編み出した抜かれない技を身につけ、そう簡単には抜かれない。そんなバックに育ってくれていた。俺も、結構、安心して見ていられる長男のプレーが自慢だった。
そんなときだった。この地方では都会から幾つかチームを招待して、小さなトーナメントが毎年開かれる。都市と地方の交流の一環みたいなもんだ。都会の子供たちは、俺たちメンバーの親の家に分散して泊まる。つまり、ミニホームステイみたいこともやるわけだ。うちの狭い家にも2人の都会の子供が泊まりに来た。
さあ、お母さんたちは大変だ。子供だもの、言うじゃない、いろいろとね、あっちの家は、こうしてくれた、こっちの家は何もしてくれなかった。ここの家の飯はまずいの、うちは焼き肉だの…かつてそんな問題があった。
ついに、レストランにまで連れていく親まで出てきたらしい。それりゃ、お母さんにしてみれば、そうだよね、おやじに金を出させてレストランでうまいものは食えるし、評判はよくなるし、こんないいことはない。

しかし…それはいったいミニホームステイになるのだろうか、しまいには受け入れを断る家庭まで出てきてしまう。そんな反省の時期があり、いろいろ話し合った結果、全家庭、カレーライスと決定したようだ。なかなかその辺、お母さん方の中でもおもしろい話がいっぱいあったらしい。
ということで、うちでも受け入れ先の家庭何軒かと組んで、地元の公民館を借り、そこでど〜んとカレーパーティをやり、花火をして遊ばせた。そして各々の家に連れて帰り、風呂に入れて、「さあ、明日は試合だよ」とさっさと寝かせて、何とかミニホームステイは終わった。
そして次の日、試合は始まり、うちに泊まった子供たちのチームがどんどん勝ちあがり、我がチームと当たることになった。
相手は強かった。どんどん走ってくる。攻撃パターンは、完全にサイド攻撃、徹底してサイド攻撃だった。我がチームの左右のバック連中は、もう大変だ。毎回毎回、サイドラインぎりぎりにどんどん走り込んでくる。
こちらの攻撃パターンは、バックが頑張って相手を止め、そのボールを、そのまま縦パスでハーフに出す。こちらの自慢は右ハーフ、スピードがあり、その子がドリブル突破し、そのままシュートか、一旦戻して、センター攻撃と決まっていた。
ところが、それをすぐに見破られ、自慢の右ハーフ、シンジ君が相手の組織的なディフェンスに攻撃を封じられた。シュートが打てない。いつものように強引に行くが、最後は取られてしまって、万事休す。
そして相手はそのボールを、一旦センターに入れ、そこからスピードのあるサイドに振る展開をしていた。
そして、またもや右サイドにボールが出だされた。ハーフが抜かれ、バックのナオトがいち早く戻り、備えた。だれも後ろからサポートが戻ってこなかった。文字どおり1対1だ。センターバックも戻り切れていない。
相手は速かった。ナオトは足が遅い、相手がフェイクも何もなしに、一気にトップスピードでドリブル突破されるのが一番苦手だった。相手は、トップスピードのまま突進してきた。それでも、抜かれまいと、必死に並んで走り、相手を外に出そうと頑張った。
しかし、相手の方がガタイがよかった。押しても押しても、はじかれるばかり…ついにエンドラインまでもつれ込み、相手がマイナスのセンタリングを上げようとしたとき、阻止しようとスライディングで足を出したが、届かなかった。
パシッときれいに地をはうようなセンタリングを出され、味方ディフェンスが戻り切れていない、そのド真ん中をきれいに走り込まれて、豪快にゴールにたたき込まれてしまった。
そのときだった。
8年間、俺の頭から離れないあのシーンが起こった。

「ナオト、お前のせいだ。何やってるんだ!!お前が守らないからじゃないか…」とでっかい怒鳴り声が聞こえた。
監督の声だった。
これは指導じゃない、ただなじっているだけだった。そんなのは声の質ではっきりわかった。

俺は、監督をぶん殴ってやりたい衝動にかられた。
「じじい、ふざけんな、だれ1人戻ってきてないのを一人で頑張って、頑張って守ってんじゃねえかよ、どこ見てんだよ。よ〜こら。」これが俺の腹の中の言葉だった。
試合は、続いた。次の攻撃はナオトがなんとか止めた。そしていつのもように縦パスを出そうとしたとき、足が縮み上がっていた。味方にボールが届かない。そんなミスはしたことがないのに…すぐにわかった、ナオトは、さっきの一言で精神的に大きな、大きな、本当に大きな傷をつけられてしまっていた。
するとまた監督の怒鳴り声が聞こえた。

「ナオト、な〜にやってんだよ。どこ見てんだ…」
なじる声はずっと続いた。
「あの野郎、うちの子に何の恨みがあるんや、つぶす気かよ」俺は、本気で思った。
そして、ナオトはベンチに下げられた。
家に帰り、俺はナオトに言った。
「ナオト…お前、きょうは何も悪うるないんや。お前はひとりで一生懸命やったんや。敵の方が速かっただけだ。しゃあないんや。あれは監督、ちょっと機嫌が悪かったんや…なぁ」
ナオトは、「うん…」と元気なくうなづいた。
幸い、彼はそれが原因でサッカーをやめると言わなかった。そのままずっとずっとサッカーをやってくれた。
しかし、監督のあの一言は、息子は忘れているかもしれないが、俺は今になっても忘れることはできない。
「今でも、ふざけんな、あほんだら」と思っている。あのとき以来、ずっとあの監督は俺の中で「あほんだら」なのです。たった1試合の彼の言葉で…
これを読んでくれている人の中には、サッカーの監督やコーチや指導的な方も多いでしょう。よくよく考えてください。
あなたの一言で、子供がつぶれてしまうことがあるんです。
私たち親は、あなた方、指導者に子供を預けています。大切な、大切な子供です。
一生懸命やっている子供に向かって発する言葉には愛情を込めてやってください。
幾ら怒鳴られても、それが愛情がこもっている言葉なのか、そうでないのか…そんなことはすぐに見透かれてしまいます。
決して氷のような言葉でつぶしたりしないでください。
いい指導者になってください。
子供を育ててください。
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